寄稿薬局労働管理トラブル・ケースファイル 実例から学ぶ課題と予防策

第1回 「聞いていません」で残業代請求!

就業規則があれば大丈夫?

2026/9/19 05:00

【相談内容】 若手薬剤師からの残業代(割増賃金)請求

 A薬局の各店舗は、クリニックの診療時間に合わせて営業しており、1カ月単位の変形労働時間制で毎月シフトを組んでいます。入社半年の若手薬剤師Bさんから、退職願が提出された数日後、会社に対して次の申し出がありました。

 「変形労働時間制とは何ですか。そのような説明は聞いていません。1日8時間を超えれば残業代が出ますよね?9~10時間勤務の日もあったので、入社以来の残業代をさかのぼって全額支払ってください」
 
 社長は「就業規則で1カ月単位の変形労働時間制を定め、シフト勤務も説明している」と考えていました。しかし、改めて、雇い入れ時の労働条件通知書を確認したところ、始業・終業時刻のみで、「1カ月単位の変形労働時間制を適用する」との記載がありませんでした。
 
 就業規則に定めていても通知書に記載がない場合、制度は無効になり、1日8時間を超えた時間は全て割増賃金の支払いが必要になってしまうのでしょうか?


●なぜ、このトラブルが起きたのか

 今回は、雇い入れ時の労働条件通知書の不備と説明不足をきっかけに起きた相談を基に、労務管理の基本を確認していきます。ポイントは次の2点です。

①「1カ月単位の変形労働時間制」の導入手続きが有効に行われていたか
② その内容が労働者に明示・周知されていたといえるか

 まず、法的な視点から見ていきましょう。

1.「就業規則」と「労働条件通知書」何が違う?

 両方とも適正な労務管理の土台となる重要な書類です。それぞれの役割と関係を整理しておきます(表1)。

表1_「就業規則」と「労働条件通知書」の違い.jpg

 適切な内容の就業規則が整備・周知されていることを前提に、採用時には、個別の労働条件を通知書で具体的に明示すること。この両輪が必要です。

2.通知書に書いていなければ、変形労働時間制は無効?

 では、このケースではどう考えればよいのでしょうか。

 就業規則に、1カ月単位の変形労働時間制を有効に導入するための要件(対象労働者の範囲、対象期間と起算日、対象期間中の労働日とその労働時間)を満たした規定があり、従業員へ周知されていれば、制度自体が無効と評価される可能性は低いです。

 労働条件通知書に、変形労働時間制が適用される旨の記載がなかったことは、労働基準法上の明示義務の点で是正指導の対象となり得ますが、それだけで直ちに変形労働時間制自体が無効とまでは判断されにくいと考えられます。

 つまり、制度そのものが無効になる可能性は低いといえます。しかし、今回のケースのように会社の説明や書類に不備があれば、それはトラブルの火種になり、過去の賃金の支払いや、解決金による和解を求められる事態を招くことになりかねません。

 今回は、労働条件通知書への記載はなかったものの、就業規則は、適正に規定されており、薬局の分かりやすい場所に備え付けられていました。また、他の従業員が制度について理解していたことから、丁寧に説明することで1カ月単位の変形労働時間制が適用されていたことに納得してもらうことができました。

●トラブルを防ぐためにできること 「周知」と「明示」の実務

 就業規則や労働条件通知書は、「内容」だけでなく「どのように周知・説明したか」というプロセスが非常に重要になります。

1.就業規則は「置いてあるだけ」では足りない

 判例上、就業規則を定めていても、従業員に有効に「周知」されていなければ、そこに定めた会社のルール(退職金規定や懲戒処分など)の効力を主張することはできません。従業員が「知ろうと思えばいつでも、自由に確認できる状態」にしておく必要があります(表2)。

表2_実務ポイント(就業規則の周知).jpg

2.労働条件通知書は「渡して終わり」にしない

 採用時および契約更新時に交付する労働条件通知書については、「そんな条件は聞いていない」と後になって主張されるケースが少なくありません。次の3点を確実に実行しましょう(表3)。

表3_労働条件通知書の実務ポイント.jpg

3.薬局長任せにしない仕組みをつくる

 A薬局では、労働条件通知書を2部作成し、受領のサインをもらうことになっていましたが、忙しさにかまけて控えを回収できていないという“あるある”ミスもありました。

 調剤薬局では、採用手続きや労務管理を薬局長・管理薬剤師に任せることがあります。しかし、労務管理は専門分野ではありません。書類の回収状況を本部が確認する、必要な研修を行うなど、現場任せにしない仕組みづくりが大切です。

●おわりに 「書いてある」だけでは、伝わらない

 労務トラブルの多くは、ちょっとした行き違いから始まります。「書いてあるから大丈夫」「渡したから大丈夫」と思っていたことが、思わぬトラブルにつながることがあります。

 就業規則を整え、いつでも確認できる状態にしておくこと。そして、労働条件通知書を渡すだけでなく、大切な点はきちんと説明すること。こうした一つ一つの積み重ねが、働く人の安心につながり、結果として安定した薬局経営を支えることになります。

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