能登半島地震の被災地でモバイルファーマシー(MP)が真価を発揮している。厚生労働省によると、29日午前7時現在で全国の延べ11地域から能登北部に派遣された。他の地域に先駆けて7日から現地入りしていた岐阜薬科大の林秀樹教授(岐阜県薬剤師会理事・防災対策グループリーダー)は、避難所を巡回するなど機動性を生かした運用ができたとし、「今回の震災をきっかけに全国でさらに普及が進む可能性がある」と話す。
林教授ら岐阜県薬の薬剤師3人は7日午後に石川県珠洲市に入った。現地の医療チームと合流し、翌日からMPで避難所を巡回して調剤。14日に広島県薬チームに引き継ぐまで、拠点とする市健康増進センター内に設けた臨時薬局と合わせて、1日計40~50枚程度の災害処方箋に対応した。
MPは調剤設備を備えているため、散剤の調剤や一包化、半錠化への分割なども被災地で可能になった。避難所では、処方医のそばに薬剤師が立ち会い、在庫のある医薬品の種類を医師に伝えるなどスムーズな処方を支援。災害処方箋はその場で画像データ化して近くのMPに送信し、処方薬を受け取るまでの待ち時間を短縮するなど、現地の医療チームとの間で独自の「処方-調剤スキーム」が出来上がっていた。
●MPの姿が避難者の安心感に
MPの存在自体が、避難者を勇気付ける場面もある。MPで避難所に行くと「薬がなくなりそうだった」と、避難者自ら薬剤師に相談に来たという。林教授は「報道を通じてMPの役割が浸透しており、車両の姿を見せるだけでも安心感につながっていた」と振り返る。
珠洲市では当初、通院できる人は市総合病院を受診し、それ以外の人を、避難所を巡回する医療チームが対応する方式だった。しかし軽症者の受診が増えたため、病院機能が逼迫。そのため、林教授が派遣された当時は、定期受診している人のみを同病院で受け入れ、それ以外は医療チームが対応するようになっていたという。
●医薬品「状況に応じて選定を」
現地に持ち込む医薬品は、日本災害医学会の「災害時超急性期における必須医薬品リスト」や日本医師会の「JMAT携行医薬品リスト」などから約170品目を選定。2022年10月から23年3月末までMPを活用して取り組んだ、岐阜県内の無薬局地域への「出張調剤」の実証実験で培った処方薬リストや、「高血圧の薬がない」といったSNSへの投稿も参考にしたという。
ただ実際には、日本薬剤師会が準備した医薬品約70品目を詰め込んで現地に入った。被災地入りした前半は必要な医薬品がなく、処方箋を受け取っても、その場で渡せない場面もあったという。林教授は「年齢構成など被災地の状況に応じた医薬品選定が求められる」と話す。その後、石川県薬剤師会が被災地からでも医薬品が発注できるシステムを整え、医薬品不足は解消していった。
●大規模災害を経て広がるMP「未導入地域でも」
林教授によると、11年の東日本大震災をきっかけに開発されたMPは、16年の熊本地震を機に普及が加速した。今回の能登半島地震でもMPの存在感が強まったことで「まだ導入していない地域にも普及していくかもしれない」とみている。
MPの運用のほか、林教授は被災地を支援する体制のマネジメント役の必要性も強調する。珠洲市には調剤を受け付ける薬局がなかったこともあり、行政と薬剤師会、現場をつなぐ「災害薬事コーディネーター」が不在のまま、派遣薬剤師の活動が始まった。「無薬局地域が被災した場合の災害薬事コーディネーターの派遣体制を含めた計画を、都道府県薬剤師会ごとにつくる必要がある」と考えている。
今回のMPは岐阜薬科大(岐阜市)の所有。発災時の協力協定に基づいて提供を受けた岐阜県薬が運用した。(折口 慎一郎)