社員の教育にどこまでお金と時間をかけるべきか、悩んでいる薬局経営者は多いのではないだろうか。しかし、10店舗・63人を擁するフォルマン代表の奈良真衣氏は、「コストだと思ったことがまったくない」と言い切る。薬局経営者でありながら教育事業・秋人舎を立ち上げ、社内外の研修を手がけてきた奈良氏に、その実態と根拠を聞いた。(聞き手「調剤と情報」編集部)
─奈良先生は薬局経営者でありながら、2018年に教育事業を別会社・秋人舎として分社化されています。薬局経営の傍ら、別会社を立ち上げてまで教育に取り組もうと思ったのは、なぜだったのでしょうか。
薬局を開業する前、薬剤師国家試験の予備校で講師をしていました。その経験もあって、開業後も講義の依頼をいただく機会があり、最初は社内研修や知人の薬局・薬剤師の講義から始めて、少しずつ事業として育てていきました。
ただ、事業化していくと、他の薬局に営業をかけるというかたちにどうしてもなってしまい、限界を感じて教育事業を独立した会社として切り出すことにしました。別会社にすることで、「本気で教育に取り組んでいる」という姿勢が相手にもきちんと伝わるようになりました。
─経営者・講師の立場から、教育が行き届いている薬局とそうでない薬局では、どのような違いがあると感じますか。
最も分かりやすいのは、接客力の差だと思います。“どれだけ患者さんの状態を深く理解して、的確な言葉をかけられるか”—。差を生むのはこの部分ではないでしょうか。つまり、接客力といっても、ビジネスマナーや接遇だけではなく、薬剤師の接客力には知識力も含まれていると言えます。
実は、この接客力は少し厄介で、通常業務をこなしていると、欠如していること自体に自分では気付けないと思います。これに気付けないと薬剤師が伸び悩み、店舗のレベルが下がり、会社全体が停滞していくという「負のスパイラル」に陥ってしまいます。「ただ処方箋をこなす薬局」と「患者さんに選ばれる薬局」の差は、実はそこから生まれているのだと思います。
─フォルマンでは現在、社員教育としてどのような取り組みをされていますか。
研修の内容以上に大切にしてきたのは、「社員が自ら学びを求める風土をつくること」です。薬局業界では、定期的に勉強会を開いてもモチベーションが上がらない、平日にやれば忙しいと言われ、土曜にやれば誰も来ないという話をよく聞きます。強制しても続かない。それが現実だと思います。
では、どうすれば社員が自ら学ぼうとするのか。答えはシンプルで、「受けてよかった」と思える研修を積み重ねることに尽きます。一度そう感じてもらえれば、次も来てくれる。そしてやがて、「次はこんな研修をしてほしい」という声が社員から上がるようになる。
弊社がまさにその状態で、店舗から「がん患者が増えたのでがんの研修をしてほしい」、「調剤報酬改定の勉強がしたい」、「クレーム対応を学びたい」という要望があり、それに応えるかたちで研修を組んでいます。
意味のない研修は絶対にしない。その一点を守り続けてきた結果が、今の風土につながっていると思っています。
─フォルマンで社員教育に取り組んできた結果、社員自身にどのような変化が生まれましたか。
最も大きな変化は、社員が自ら勉強の時間をつくるようになったことです。薬局は基本的に忙しく、業務時間中に学ぶ余裕はほとんどありません。それでも「業務時間外に勉強しよう」という声が自然と上がってくるようになりました。これは、強制してできることではないと思っています。
その空気をつくったのは、学びに貪欲な新卒の社員たちでした。採用の段階から、学びへ意欲の高い人材を意識的に選び、入社後の教育に時間と力を注いできました。彼らが現在、7〜8 年目になり「勉強して当たり前」という空気を社内に醸成してくれています。
面白いのは、その姿を見た上の世代が、自然と学び始めることです。「下の子たちよりも、先輩として知識を持たなければ」という感覚が、誰に言われるでもなく、学びへの意欲に変わっていく。上からの指示ではなく、組織の中から自然に広がっていったのが、変化の本質だったと思います。
─患者対応や現場の雰囲気への影響はいかがでしたか。
私はずっと社員に「ひとり40人のファンをつくろう」と言い続けてきました。「この薬剤師に相談したい」と思って足を運んでくれる患者さんをどれだけ持てるか。それが薬剤師としての実力の証明だと思っているからです。知識を磨き、患者さんに寄り添い続けることで、その信頼は積み上がっていく。その意識が会社全体に根付いてきたと感じています。
その成果は、患者さんからの評判だけでなく、医療機関との関係にも表れています。がん領域を得意とする私のもとには、病院の薬剤部から「こういう患者さんがいるのですが」と直接、電話がかかってくることがあります。処方箋を待つだけでなく、病院側から連携を求められる関係になれたのは、社員一人ひとりが専門性を高めてきた積み重ねがあってこそだと思っています。
─採用・定着の面でも変化はありましたか。
63人の中小薬局ではありますが、ありがたいことに新卒採用にまったく苦労していません。インターンには何十人も来てくれますし、応募してくださった方を不本意ながら不採用にせざるを得ないこともあります。
なぜ、薬学生に注目してもらえるかというと、その理由は研修制度にあると確信しています。「勉強したい」という学生が就職先を選ぶとき、「どのような研修をしていますか」という問いに、具体的に答えられる薬局と答えられない薬局では、明らかに差がつくと思っています。研修の中身を、理由や目的も含めて語れるかどうかが、そのまま採用力の差になるのではないでしょうか。
そして、良い研修があるから学びに意欲的な人材が集まり、その人材がまた研修の質を高めていく。教育と採用は、切り離せない好循環の関係にあると思っています。
─社員が資格・認定を取得することで、薬局経営にどのようなプラスがありますか。
最も大きいのは、医師との信頼関係の構築につながることだと思います。例えば、どんなにリウマチに詳しくても認定資格がなければ、先生から見れば普通の薬剤師の1人です。しかし「リウマチ財団登録薬剤師です」と伝えることで、専門家として向き合ってもらえます。資格・認定とは、専門性を証明するための共通言語なのだと思います。
そして、その信頼の積み重ねが、やがて経営の土台を厚くしていきます。「あそこの薬剤師は信頼できる」という認識を、地域の医師や病院に持ってもらえると、新規開業の際に声をかけてもらえたり、卸からの紹介で新店舗開発につながるなど、薬局の成長そのものを支える基盤になっていきます。
─社員教育にあまり取り組んでこなかった薬局が、最初に取り組むとしたら何がお勧めですか。
いきなり研修を始める前に、まず社員の声を聞くことが最初の一手だと思います。「何に不満を感じているのか、仕事のどこに課題を感じているのか」を丁寧に拾い上げる。「面談の機会がない」、「他店舗とのやりとりがスムーズにいかない」といった、一見研修とは無関係に思えるような不満でも構いません。
大切なことは、その不満と教育をつなげることです。「この研修を受けることで、その問題が解決できる」という道筋が見えたとき、社員は初めて「受けてみようか」という気持ちになります。自分の困りごとが解決されるという実感があってこそ、学びへの意欲は生まれるのだと思います。
─社員はどのような学びを求めていると感じますか。
ネットで調べれば出てくるような情報を教えても、自分で調べる手段はいくらでもあるので、今の薬剤師には響きません。彼らが本当に求めているのは、教科書には載っていない「人の経験」です。「同じ系統の薬でも、臨床の現場ではこちらの副作用が出やすい、だから序盤にこれをやっておくべきだ」—。そういう話が聞きたいのではないでしょうか。経営者には、このようなレベルの学びを提供できる環境を意識してほしいと思っています。
─資格取得のサポートも含め、経営者が社員の学びを後押しするために大切にすべきことは何でしょうか
経営者自身が、国の動向を読む力を持つことだと思います。「患者のための薬局ビジョン」が謳われて10年が経ちますが、国は着実にその方向へ誘導しています。「がん」、「糖尿病」、「心不全」、「呼吸器」など、これらに順次点数がついてきたのは、「ここを強化しなさい」という明確なメッセージです。
重要なのは、加算がついてからでは遅いということです。加算が出た後に「さあ勉強しなさい」と言っても、社員には「やらされている」という感覚しか生まれません。
逆に、加算がつく前から学んでいた社員にとっては、「自分たちの努力を国が認めてくれた」という体験になり、この差は組織の学ぶ意欲に大きく影響します。国のシグナルを先読みして動けるかどうか、それが経営者に求められる学びだと思っています。
─講師として多くの薬剤師を研修した立場から、学ぶ薬剤師と学ばない薬剤師では、何が違うと感じますか。
勉強している薬剤師ほど、自分の知識の不足に敏感です。学べば学ぶほど、「まだ知らないことがある」という感覚が研ぎ澄まされ、その焦りが次の学びの動機になる。一方、学んでいない薬剤師は、自分が成長を止めていることにすら気付かず、ある日突然、「会議や同僚の話についていけなくなった」という状況に陥って、初めて気付くわけです。
学ぶことで生まれる「無知の知」は、一度手に入れると手放せないものだと思っています。自分が何を知らないかを知っている薬剤師は、どのような環境に置かれても、自分で学び続けられる。その差は、時間が経つほど大きく開いていきます。
─社員の学びを後押ししたい経営者や学びたいと思っている薬剤師、それぞれに向けてメッセージをお願いします。
経営者の方にお伝えしたいのは、私たちは医療に携わっているということです。医師も歯科医師も、その先生を慕って患者さんが集まります。薬剤師も同じであって当然だと思っています。「あの薬剤師さんの話を聞きたい」と思われる薬剤師を育てることが、地域医療を支えることにも、薬局経営にもつながっていく。教育はその入り口です。
学びたいと思っている薬剤師には、目の前の患者を最期まで見るために、何が必要かを考えて欲しいと伝えたいです。人の人生に寄り添うための知識、精神力、体力は相当なものです。私たち薬剤師は一生、勉強し続けるものだと、覚悟を持って医療に携わって欲しいと思います。
(「PHARMACY NEWSBREAK 2026年4月 特別編集」より転載)










